ジャニーズ事務所の闇
ジャニー喜多川の
変態性欲
ジャニー喜多川本名:喜多川 擴(きたがわ ひろむ)
(1931年10月23日 - )
――芸能界を牛耳る巨大アイドル帝国・ジャニーズ事務所。
ジャニー喜多川社長率いる、この帝国からは数々のスターが誕生した。
郷ひろみ、近藤真彦、田原俊彦
少年隊、光GENJI、SMAP、嵐
しかし、ジャニー喜多川帝国の内政が語られることは決してない。
鉄のベールに包まれたジャニー喜多川帝国の光と闇を、数々の
ジャニーズ非公式本から探っていく。
ジャニーズ暴露本の歴史の中で、ジャニー喜多川の変態性をもっとも生々しく描写し、ジャニーズ事務所の異常なタレント育成環境を詳細に綴っているのが、この木山将吾『Smapへ』(鹿砦社、2005年)である。
『Smapへ』の著者の木山将吾氏は、「元・光GENJI」とされている。そんなメンバーいたっけ? と思われるのも無理はない。
木山将吾は、ジャニー喜多川の寵愛を受けて光GENJI入りが決まり、ポスター撮りまで済ませていたものの、ジャニー喜多川と木山将吾の"ある出来事"をきっかけにデビュー直前にメンバーから外された、幻のメンバーなのである。
当時、木山将吾氏はジャニー喜多川一番のお気に入りで、取材陣の前でも膝の上に座らされ、食事もジャニー喜多川の手で口に運んでもらっていたという。
そして、夜はジャニー喜多川の欲望の捌け口として、木山将吾は「濃密過ぎる」時間を過ごしていたというのだ。
木山将吾は、そんな生活を余儀なくされた15~17歳の2年間を振り返り、
「ジャニー喜多川の愛人だった」
「性の奴隷だった」
と木山将吾『Smapへ』の中で表現している。
しかし、木山将吾『Smapへ』の告白は、「愛人」「奴隷」という言葉が生易しく聞こえてしまうほどの、まさに地獄以上の体験に満ちているのだ。
木山将吾が初めて合宿所を訪ねたその日に、ジャニー喜多川と一緒に風呂に入らされ、全身をくまなく洗われる"泡風呂の儀式"と、入念なマッサージの洗礼を受けた木山将吾。
木山将吾は、なんかおかしいなと思いながらも、デビューをほのめかすジャニー喜多川の言葉に酔いしれ、大きな問題としてとらえようとしなかったという。
■「これだけのことに我慢したら、アイドルとして成功しなければ」
そんな木山将吾に、ジャニー喜多川がその毒牙を剥き出しにして襲い掛かるのに、時間はかからなかったようだ。
木山将吾が二回目に合宿所を訪ねると、ジャニー喜多川は木山将吾を後ろから抱きしめ、硬くなった股間を"まるで発情した犬のように"太ももに擦り付けてきたという。
そして、そのまま擦りつけ続け、なんと服を着たままジャニー喜多川はズボンの中で果ててしまったというのだ。
そして木山将吾が三回目に訪ねたときには、ジュニアたちが寝泊りする大部屋で舌技をしかけられ、木山将吾はその口に発射してしまうことになる。
一回目の"泡風呂の儀式"のときに、「すぐにデビューだよ。雑誌のインタビューがあるからね」と言っていたジャニー喜多川は、本当に、その直後に、木山将吾をアイドル誌の取材で雑誌デビューさせていたという。
ジャニー喜多川はそれをゴクリと飲み込んだ。(中略)相手は六十歳の男だった。でも、それが、この合宿所では当然の夜の儀式だった。タレントとしてデビューするための......。
その後は、どこへ行くにもベッタリで自らが運転する車の中でも、ジャニー喜多川は助手席の木山将吾の体を触りまくり、「キス! キスしてきなさい」とせがんできたという。
ついに一線を越えてしまうのは、木山将吾がテレビに出始めたころ。いつものようにジャニー喜多川の舌技で、あっさりと一本抜かれてしまったが、その日のジャニー喜多川はそれで満足することはなく、再び、木山将吾の分身に力をみなぎらせると、馬乗りになって自らの中に木山将吾の分身をめり込ませ、「ああ~ん、ああ~ん」と嬌声をあげていたというのだ。
これを機に、さらにジャニー喜多川は木山将吾を特別視するようになり、さらに濃厚なプレイを強要され、木山将吾もそれに従ったという。
こんな不幸が
デビューには必要なのか?
トシちゃんよ、少年隊よ、忍者よ、男闘呼組よ、
みんな本当によく我慢したな......
これだけの屈辱に我慢したら、アイドルとしてがんばるしかないだろう。
成功しなければ、自分のプライドを取り戻せない
そう思いながら、木山将吾は陵辱に耐え続け、ついに光GENJIとしてのデビューという夢へのチケットを手に掴んだ。
しかし、その夢は、木山将吾の手からスルリと零れ落ちることとなってしまう。きっかけは、諸星和己のこんな言葉だったという。
「次は木山将吾くんだから。
注射打たれる番」
ジャニー喜多川の部屋にはよく分からない薬品と注射器がいつもあり、それが一体、なんの薬なのか知らされることもないまま、デビューが決まったタレントは強制的に、その注射を打たれていたというのだ。
■一体、その注射はなんなのか? 現在のタレントたちも、打たれているのか?
地獄のようなホモ行為には耐え続けてきた木山将吾氏だったが、「ホルモン剤」とも「覚せい剤」とも噂されていたその不気味な注射を受け入れることはできず、合宿所に行かなくなると、ジャニー喜多川からのお呼びもかからなくなり、すでに撮影済みだった光GENJIのポスターは、木山将吾の写った右端をカットした形で発表され、その存在は"無かったもの"にされたという。
ほかにも、ジュニアたちを裸にひん剥いて四つん這いにさせて一列に並べ、肛門のアップ写真を撮影し、興奮して肛門に舌を這わすジャニー喜多川、
裏ビデオを合宿所に持ち込み、「見ろ! 女のおま○この醜さを!」と繰り返すジャニー喜多川、
盗聴器を仕掛けたり、トイレをのぞくジャニー喜多川、
タレントの陰毛を集めるジャニー喜多川......
ほかにも、都市伝説でしかなかったジャニー喜多川の、想像以上の変態性がリアルに描かれているのだ。
木山将吾は、執筆当時に話題になっていたマイケル・ジャクソンの少年への性的虐待事件を引き合いに出しているが、マイケルは昨年6月に非業の死を遂げ、様々に再検証が行われた結果、現在では潔白とされ、その存在のすべてが伝説として語り継がれることとなっている。
間もなく80歳になるジャニー喜多川が現役でいられるのも、あと数年だろう。
そのとき、彼はどのように語られるのか。"稀代のアイドルメーカー"として伝説になる前に、そのすべてをもう一度、しっかりと検証すべきではないだろうか。
ジャニー喜多川(1931年10月23日 - )
在日朝鮮人に
支配されてる
芸能界・マスコミの
底知れぬ異常さ



日の丸を焼きながら





![komuro-a%5B1%5D[1].jpg](http://2009.itainews.com/archives/2010/02/16/komuro-a%255B1%255D%5B1%5D.jpg)

